授業の流れ

Asamiさん / 長谷川弘樹さん /  倉橋優樹さん / 大場博哉さん / 弓矢いずみさん / 田鎖幸司さん


 

kurahashi

Ayako先生


”世界へ挑戦~夢の実現に向けて”今回はヨーロッパジェットスキーチャンピオンの倉橋優樹さんに特別インタビュー。優樹さんは現在ベルギーでプロジェットスキープレイヤーとして活躍し3年目。世界チャンピオンを目指し輝く彼女のプロ生活十数年・ライフスタイルをこの度お伺いしました。

―こんにちは優樹さん、今日はお忙しい中ありがとうございます。 
「こんにちは、ちょうど昨日も大会で、朝3時に帰って来たんですよ」

―わあ、お疲れ様です。今日はお伺いしたい事が沢山あります。最初に”ジェットスキー”を始めたきっかけを教えて頂きますか。 
「私の父親がもともとプロジェットスキープレイヤーでした。だから生まれた時からジェットスキーの存在は生活の一部。3歳の時にはすでにプロになって、レースで優勝したいと思っていました。父親がオーナーをしているチームには80台近くジェットスキーがあり、サポートをしている母親と一緒に、父のレースをいつも手伝っていました。ジェットスキーは16歳にならないと免許が取れないので、練習の父親の後部座席に乗せてもらって、様々な事を勉強したんです」

―まさに子供の時からプロになるべき環境だったのですね。デビューレースはいつだったのですか。 
「私は5月生まれだったので、大会に出場するにはすでにシリーズ途中だったんです。フル参戦出来無いから、翌年からレースデビューしようと思っていました。ちょうど16歳になった時、サポートのためレース会場に向かったら、母親が私の顔を見るなり“今回は優樹がレースに出るんだよ”突然言い出すんです。びっくりしましたよ、いきなりだけど、でも気持ちは決まっていたんです。そのレースでは準優勝出来ました」

―いきなりの準優勝に、皆さん驚かれたのではないでしょうか。 
「いやー私は優勝出来なかったのが悔しくて悔しくて。情熱にさらに火が付きました。その後、すぐにプロとして活動する事が出来、18歳で史上最年少シリーズチャンピオンになりました。23歳でJJSF主催のプロのカテゴリーチャンピオンになり、世界戦の出場権利を獲得しました。 

じゃあ、出場しようと思った時に、父親が大きな病気を患ってしまったんです。とてもショックでした。しかし、世界戦で戦うのは父親の夢でもあったので、父親のためにも出場を決意しました。 後から聞いた話だったのですが、実は生きるか死ぬかの大病を患っていて、大会の結果を聞くまで手術をしなかったそうなんです。そのレースでは3位になる事が出来、じゃあ俺もがんばるよ!って、電話を切った後すぐに手術に臨んだそうなんです」



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